この宿については、今さら私が言うまでもなくあちこちのブログに書かれていますね。
いわく「温泉だけはましな宿」、いわく「お湯さえよければいいという人のための宿」、いわく「この値段じゃしかたねーよ」とまあ、言われ放題です。
果たしてそんなにひどいのか?はい、私はここに泊まって、なぜ横着してウトロまで足を伸ばさなかったのかと自分を責め、呪い、後悔のダンスを踊ってしまいました。
忘れもしない(全力で忘れようと努めたのですが)、あれは初冬の頃、私は斜里の市街地周辺をさんざん彷徨ったあげく、「まさかこのへんではあるまい」と意識的に避けていた暗く寂しい地区に向かいました。ありました。今思えば見つからなければよかったのに。
でも、外観は悪くなかったのです。日本旅館のにおいをかすかに残した構えの建物でした。玄関に立って声をかけると、和服の女将が出てくるべきところを、学生アルバイトのようなねえちゃんがデニム姿で出てきて、ドスドスと足音も荒く客室まで案内してくれます。なんということでしょう(サザエさんの声で)、奥に進めば進むほど、外観から感じた旅館ぽい情緒からマッハの速度で遠ざかっていくではありませんか。柱が、柱というより「木材」にしか見えない。床が、床と呼ぶより「板」としか思えない。さあ、客室に着きました。おおっ、なんてチープなドア!「どこで拾ってきたんですか?」と訊きたいところをぐっと堪え、中に入ります。どきどき。照明がつくと同時に体が凍りつきます。「ろ、牢屋?!」湿っぽく暗い雰囲気の変色した畳の部屋。廊下側の壁を見ると、とんでもない上のほうに奇妙な窓がはめ込んであります。試しに照明を消してみると、廊下の照明の光がこれでもか参ったと言えとばかりにまぶしく差し込んできます。隅のほうにぐしゃっと積んである布団からは異臭がします。じとっとしたすてきな肌触りは、この世のものとも思えません。
食事もワンダフルでした。スリッパのような頑丈さで私の歯に挑戦してきたホッケの開き、ダシのきいていない愉快な汁、私がよくスーパーで買うような冷凍の刺身。もう笑うしかありません。
そして風呂です。無計画に建て増しして入り組んだ建物の暗〜い奥のほうに、それはありました。やたらだだっ広くて寒々とした暗く陰気臭い浴場は、あちこちがカビて不気味に変色し、歩くごとにヌルッ、ヌルッと足裏に不快な感触。モール泉ということですが、おそらく漢字で「藻、おる」と書くのでしょう。そのとき、はっとしました。蛇?いや違う。浴槽の中にホースがぶちこんであったのです。なんておしゃれなんでしょう。ひょっとすると掃除の最中に面倒くさくなってぶん投げて
いったのかもしれません。まあ、人生そういうこともあるでしょう。部屋に戻り、ジメ布団にくるまって横になると、江戸時代の長屋の病人じじいになった気分が最高潮です。電気を消しても、あの迷惑な窓からばんばん光が差し込んできて、部屋の中はとっても明るく陽気なサンシャインルーム。眠ろうと思って頭まで布団をかぶると臭気で窒息しかけます。
翌朝、6000円近い宿泊料をふんだくられ、「もう二度とこんな所に来るんじゃないぞ」と看守さんに言われたような気分で車を発進させました。ふと見ると、宿のすぐそばに荒れ果てた空き地があって、そこに“手づくりリゾート・クリオネ牧場”などと書かれた看板がありました。あとで知ったのですが、ここも湯元館の経営で、中には掘っ立て小屋のようなペンションやら工事現場のプレハブ宿泊所を想わせるライダーハウスやらがあり、共通コンセプトは「建物に金なんかかけてたまるか」というものらしく、どこかから調達してきた材料でド素人が手づくりでこしらえたようなものだということが判明しました。さあ、最近あまりひどい目に遭っていないドMのあなた、旅行に行くならここだ!いっつとらい!(もやしもん)