港に近く、国道から少し離れているため、環境は静か。
建物は広尾町で一番見栄えがするというか、真っ白な外壁に堂々たる造りで、駐車場も広い。
併設されたちょっといい感じの食事処の前には小粋な石庭があります。
小さな港町の場合、ホテルとは名ばかりで木造だったり旅館だったりフロント(というより帳場)で部屋のカギをもらおうとしたら「カギぃ?いるの?なんで?」と素っ頓狂な顔で尋問されたりするのも珍しくなかったりするのですが、ここはちゃんとホテルです。その証拠にフロントでカギをくれます。
部屋にはバス・トイレ、冷蔵庫がついています。面積も広く、なかなか清潔です。大浴場もあって、サウナさえ備えています。
食事処での夕食は、量も味も満足の行く水準です。特に海産物の鮮度とうま
さは大したものです。
従業員の応対も悪くありません。
しかもここは宿泊料もリーズナブルと来ている。
……さあ、ここまで長所を並べ立ててくると、いつにも増して、いったいどこが「惜しい!の宿」なのかむくむくと疑問が湧きあがってきたのではあ
りませんか?それではお教えいたしましょう。
それはオーナーのキャラクターです。
この宿のキャッチフレーズは、“漁師が創ったホテル”というものらしいのですが、それが最大の長所でもあり欠点でもあるのですね。
どういうことかというと、夕食の時間に食事処に入っていくと、テーブルの一つを占領して、赤鬼のようなむぁっかっかのツラでウイスキーをがぶ飲みしているガラの悪いオヤジがいたのです。しかもヘビースモーカーで、酒の肴だとばかりにくっさいヤニ煙を店じゅうにまき散らしています。ほとんどのお客がタバコを遠慮している中、とんでもない暴力です。近くのテーブルで食事している女の子2人連れが露骨にいやな顔をして見ているのに、まっ
たく気づかない。ああっ、なにを勘違いしたのか、「うまいべ、ここのサカナ!」などと酔っ払って話しかけたりして、ますます軽蔑されています。その上、時おりでかいダミ声を張り上げ、厨房のほうに何やら偉そうに吠え叫んでいます。なんという迷惑か。なんという非常識か。いったいどこのヤ○ザかと思っていたら、これが噂の漁師オーナー、当ホテルの社長だったのです!おおまいがっ!じいざす!はっきり言ってこれは、「メシさえ食わせときゃいいべや。安くてうまいサカナ食わせてんだから文句ねえべや。どーせあとは寝るだけだべ」という態度丸出しです。オーナー自らが最大の長所であり客の楽しみである食事をぶち壊しにしていることに、まったく気づかないし気づこうともしない。サービス業に全然向いていない、というよりはなっから客商売をする姿勢など持っていないんですね。さあ、いったん食事をぶち壊しにされてしまうと、つい先ほどまであれほど素敵だったホテルの中に、急にさまざまなアラが見えてきます。あー、客室の廊下が汚ないですね。壁に何かをこすった痕があるのにほったらかしですね。部屋に入ると、隣りや廊下にいる人の話し声がはっきり聞こえますね。壁や床が薄いんですね。仕方ありませんね。なにせ“漁師の創ったホテル”ですから。メシさえよけりゃいいんですよね。あれっ?朝食に出てきた料理、ゆうべ出てきたものと同じですね。ああ、でも安いからがまんがまん。あれ、きょうは小上がりにオーナーの知り合いが来ているんですね。朝からすごいご馳走です。オーナーが大いばりでやってきて、けさ獲れた魚を出したから食えやとえらそうに言ってます。ああそうか、漁師は知り合いや友人には儲け抜きで大盤ぶるまいするんですね。知り合いでもなんでもないわれわれ一般人はゆうべの残りで十分ですよね、ははははは。ああ、またお客が食事している目の前でヤニをバフバフふかし始めました。けむたくて吐き気がします。でも仕方ないですね、なにせ“漁師が創ったホテル”なんですから。(もやしもん)