今から数年前、えりも町で常宿にしていた旅館が満室で予約が取れず、前知識ゼロで泊まったのがここです。
えりもでは有名な宿だと聞きましたが、なるほど、これは一度行ったら二度と忘れられない宿だと実感する場面に遭遇しました。
食堂に行って夕食を食べようとすると、宿のオーナーらしきじいさんがツカツカと観光客のテーブルに歩み寄り、宿の自慢話を長々と始めました。別に訊いてもいないのに、身ぶりを交えて、いかにうちの宿がすばらしいか、いかに由緒正しいかを観光客たちが辟易しているのにも気づかず、朗々とまくし立てるのです。肝心の料理は、味も量もまあまあでしたが、すっかり食欲が失せてしまいました。
食事が終わって、窓に網戸(私のこだわりなんです)すらついていないボロ部屋に戻り、しばらくしてトイレに行こうと廊下に出てみると(もちろんトイレは共同です)、オーナーのじいさんがぶつぶつと、しかしはっきりと聞こえるほどのボリュームの声で、「なんだ、つけっぱなしにして!もったいない、もったいない!」と言いながら、廊下や踊り場、ロビーの照明を次々と消して歩いているのです。(まだ夕食が終わったばかりなのに!)
その不気味な様子は、ほとんど“妖怪あかり消しじじい”でした。
気分を変えて、風呂にでも行こうと思い立ち、じじいに真っ暗にされた廊下を歩いて大浴場に行きました。天然温泉ではなく、広いだけのごく普通の風呂でした。湯から上がって服を着ようとすると、出た!妖怪あかり消しじじい!ものすごく険悪な顔つきで、脱衣場にまだ客がいるのに、目の前に私がいるのに、「なんでつけっぱなしにしてるんだ!もったいない、もったいない!」と大声でつぶやき、大浴場と脱衣場の照明をバチバチーン!と立て続けにリズミカルに消し、真っ暗になった中、ざまあみろと言わんばかりの横柄きわまる態度で出て行きました。
さすがに頭に来た私は、大浴場のありとあらゆる照明を全部つけなおし、部屋に帰る途中の廊下、階段、踊り場、すべての照明をつけなおしてやりました。ざまあみろ。 (もやしもん)